はい、パソコンがまたつながりました。
だからなんだってんじゃないんですけども(笑)
さて、いきなりですが、
もしかして自分は「かつて死んでいた」んじゃないかということを思いつきました。
いや、ただ思いついただけですが(笑)
なぜまたこんなけったいなことを考え出したかと言うと、
つまり、自分には「生まれる前」があるわけですね。
で、その「生まれる前」自分はどこにいたのかと言うと、また変な話ですが、「いない」わけですね。
(ちなみに自分が生まれる前はまだしも、「父母の生前」なんてとこまで遡りますと、
自分が将来的に「存在し始める」ことすら信じられんですが…。)
…で、死んだらどうなるかというと、やっぱり「いない」わけですね。
うーん、となると、
まあ生前の「いない」と死後の「いない」が同値であることが前提ですが、
もしかして自分は生まれる前は死んでたんじゃないか、とも言えてしまうんですね…(笑)
この論理だと、自分は「万人の生まれ変わりである」という命題もまた真になってしまうのですが。
いや、まあみんなそうなっちゃいますが。
そしてここで浮き彫りになるのは、やっぱり「自分」は死なないというか(逆説的ですけど)、自分が死んだことは自分は確かめようが無いんだな〜ということですね。
…まあ、だからなんだ、って感じですが(笑)
ただそう思うと余計な心配が消えると言うか、「別に死んでも、生まれる前に戻るんだな〜」
と、まあ若干楽に過ごせる、ということはありますね。
えーとまあ、「世界は分けてもわからない(福岡伸一)」という新書をようやく読んで
(なんで「ようやく」かというと、これ、今年の夏ひとしきり流行ったからですが)
こんな事を考えました。もし既に読んだ方がいたら、「この本と関係なくないか!?」とおっしゃるかもしれませぬが(笑)
まあ、あの、色々考えたらそうなっちゃいました。
福岡先生の本、やっぱり面白いです。