カレンダー

09 | 2017/10 | 11
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31 - - - -

プロフィール

べいだ~

Author:べいだ~
~まずは挨拶~

「たまにかくにっき」管理人のべいだ~です。
このにっきを見てくださってありがとうございます。
現在のべいだ~最新ジャグリング動画です。
なかなか長い(7分半)作品ではありますが、お時間ありましたら是非ご覧下さい。↓
りょこうじゃぐりんぐpart3 「E・Z・O(えぞ)」



べいだ~です。
ジャグリングについてのにっきのはずだったんですが。
脱線します。
…いや、元々レールなんてないんですけどね。

時にはレールが無いと迷いすぎて寂しくなりますね。



注意:当ブログにおけるコメントは自由ですが、管理人が不適切と判断した場合は予告、報告なしに削除する場合があります。ご了承ください。


↑クリック募金です。クリックするだけですので、お金を払う必要はありません。よろしければ。

通算にっき読者。

最近のコメント

Links((じゃ)ジャグリング(学)内輪)

カテゴリー

にっき検索君

月別アーカイブ

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
これ一文でも良かったかも知れない





まぁ要はですよ、「ほら、ジャグラーこんなとこで役に立てるよ」という情報をもっと皆で共有したい、ということです。
別に参加は任意でいいから。



それプラスで、何か主体となって作れるイベントがあれば、もっと面白くなって来るかもな、ということです。
スポンサーサイト
思い立ったので書いておこう。こういうのは早く行動しないと。



まず、これを読む方で近しいひとが危機に晒されていたり安否が不明であったりすることもあるかもしれません。その場合は、一刻も早く安寧がその人とその人の大事な人を訪れることを願うばかりです。
しかし、願うという行為は素敵ですが、願うばかりでは脳内完結です。脳の外に結果をだしてやりましょう。




東北関東大震災の義援金募集が始まりました。

おおよそ茨城より西の我々も罹災してはいますが、徐々に今までの生活に戻る体制になりはじめています。
この際停電は、除くとして。


さて
特に被害が大きかった被災地の人にとって今最も嬉しいもののひとつはお金でしょう。
なぜなら、物資を送ることには色々と弊害が発生する可能性がありますが、(処理が追いつかない、等)お金で送れば、適宜タイミングを見て向こうで物資に変換できるから。

また、これから長い時間をかけて復興することを考えれば、お金はさらに必要になってきます。今を凌げれば良い訳ではありません。
復興にどれくらいお金がかかるのかは未知数ですが、参考までに、正確なソースからの情報でないので本当かどうかは知りませんが、阪神大震災の時には10兆円かかったとかいうことを耳にしました。


とにかく、GAGAが5ドルのリストバンドを売るからと言って、ペ・ヨンジュンが7300万円寄附してくれるからと言って、安心しているわけにはいきません。深謝はしますが。


今、私たちが少額ながらも義援金を送ることは、絶大な助けになるとは言わずとも、助けにはなる。

そこで、協力したいと思っている方は、とりあえず今のところは、お金を送ることを考えてみましょう。
仏陀の教えではないですが、毒矢が刺さっているひとを前にして、その毒矢について議論している場合ではない。さっさと抜いて治療をしてから色々考えればいい。「今」苦しんでいるんだから。ほっといたら悪くなるだけなんだから。
まずは毒矢を抜かなきゃ。
そんなわけで、とりあえず力になれることがあるんだったら、早いうちから極力やっておこうと。
そのあとで色々考えればよい。




本題です。
最近、「チャリティー大道芸のようなものをやりたい」という声を耳にします。もう既にそういうものを行ったというツイートも見た気がします。米屋さんのツイートかな?

また聞いた話ですが、台湾でも、とあるパフォーマーが、「大道芸やって全額日本に寄付しよう」と申し出てくださったそうで。

そこでです、これに続いて、なんかやってみようじゃないかと。

とにかく、「ジャグラーとして」何か手伝えないかなと考えている人達の活躍の場が必要ではないかと。




というわけで、私自身はまだ具体的には考えておらず、とりあえずこれから公演依頼を多めに受けて、そこでもし投げ銭等もらえたら、それを寄附したらいいんじゃないかなとしか考えていませんが、

「復興に協力したい!」と思っているジャグラーが気軽に参加できるようなイベントでもあったらな、と思います。

私は自分で言うのもなんですがそういうものを立ち上げから何から一人ではじめる自信などないので、

まず議論の発端を作りたいと思います。




イベントを開かなくても、何か義援金を送れるよう、案はありませんかな?

どこどこで投げ銭のもらえる大道芸イベントがパフォーマー募集をかけている、ということをまとめた情報サイトを作るだけでも違うかも知れません。
いや、今思いつきで言っていますが。
あるいはサークル内でそういう情報をもっと丹念に収集して、今まで以上に路上や公民館やらで稼いでみるとか。

皆で稼いでさくっと義援金にしてしまおうではないか、と。




まぁ要はですよ、「ほら、ジャグラーこんなとこで役に立てるよ」という情報をもっと皆で共有したい、ということです。
別に参加は任意でいいから。

というわけで、何か案がありましたら、また「俺やるよ!」という参加表明でもありましたら、なんなりとここへ
最近バイト漬けでつまらない。

大学生はもっと自由じゃなきゃなぁーーーー




…「大学生は自由じゃなきゃいけない」という議論は、ある人としたことがある思い出の議論である。
こんばんは。
こんな時間に。


寂しいというのはどんな状態でしょうか。



人に囲まれていても寂しいときはある。


寂しさというのは、思い込みかもしれない。


「今自分は本当は一人なんだ」
と自分で積極的に思い込むことかもしれない。



だから度が過ぎれば被害意識でもあるのだろう。
「一人だ一人だ」と。


やがてそれは力に変わる。


「こんなに寂しいのは誰かが自分をのけものにしているからだ!」
という結論に達する。




これは、ダークサイドだ。

やがて怒りに変わって、他者への攻撃にかわるのだ。


しかし正の力に転じることもある。


「一人だけど、一人だからこそもう他人の目を気にせずがんばろう」
と一線を越えるのだ。



それは正の力。



どちらも強い力だ。



しかしどちらも寂しいことに変わりはないんだよなぁ。






…などと。
欠乏感で寂しくなると
なんだかしんみりしたことを書きますね。
こんな時間だす。
べいだ~だす。




今日先輩と話をしていて、

おそらく初めて
「『にわか議論』って不毛だな」と思った。

目的を持たずに「僕はこう思う」という意見をぶつけあう議論は、あまり良くないなと思った。



議論がくだらないと言っているわけでは無い。

議論の楽しさはいい。
間違ってはいけない。議論は楽しい。
つまらないなんてことはないとおもう。
分野が違うだけで、みんな多かれ少なかれ議論をしている。(というのも偏見か…議論が別に好きじゃない、という人がいることも十分わかっている。だからもうそういうふうに自分の好みを押し付けるのはいい加減やめたい。)


しかし、実質的にその議論が現実に還元されないといけない。

でないと、口角泡を飛ばして必死で説いた内容すら忘れて結局いつもの状態に戻ってしまう。



議論というのは(教育や政治についての意見でそうあることが多い気がします)
「皆は気づいておらぬが、これがやはり由々しき問題なのですな、ははぁ」
ということが非常に多い。

そういうのは、自分が言いたいことを言っているだけで、いわばストレス発散に近い。



何度も言うが、悪いわけではない。
そういうにわか議論が唾棄すべきものであるとは
一向に思っていない。


しかし、所詮ストレス発散はストレス発散であって、限界までミクロに閉じた世界である気がする。



だから
実の無い議論など無駄なのかもしれない。




今までも「議論なんてしょうがない」と言われたことはあった。
「そんなこたあない」と頑張って抵抗していた。



だが今日は、
それも有り得るなということを
なぜかじんわりと実感した。





こうやって
またちょっと自分が変わったのだ。
目的語じゃなくて直接補語ですね。


ふう
どうも、朝です。



イタリア語で、目的語を動詞の前に置くのってなんだかなれないなぁと思っていたら、日本語だってそうじゃん、と気づいた。



あーはー。

| ホーム |


 BLOG TOP  »NEXT PAGE


上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。