カレンダー

02 | 2010/03 | 04
- 1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30 31 - - -

プロフィール

べいだ~

Author:べいだ~
~まずは挨拶~

「たまにかくにっき」管理人のべいだ~です。
このにっきを見てくださってありがとうございます。
現在のべいだ~最新ジャグリング動画です。
なかなか長い(7分半)作品ではありますが、お時間ありましたら是非ご覧下さい。↓
りょこうじゃぐりんぐpart3 「E・Z・O(えぞ)」



べいだ~です。
ジャグリングについてのにっきのはずだったんですが。
脱線します。
…いや、元々レールなんてないんですけどね。

時にはレールが無いと迷いすぎて寂しくなりますね。



注意:当ブログにおけるコメントは自由ですが、管理人が不適切と判断した場合は予告、報告なしに削除する場合があります。ご了承ください。


↑クリック募金です。クリックするだけですので、お金を払う必要はありません。よろしければ。

通算にっき読者。

最近のコメント

Links((じゃ)ジャグリング(学)内輪)

カテゴリー

にっき検索君

月別アーカイブ

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
先日23日、交流会をやりました。
ええと…色々な面で有意義な交流会でした。
自分を見つめる機会ってやっぱり必要なものですね。
…まあこれ以上書くのもなんなので、これぐらいにしておきましょう(笑)

ただやはり、具体的なことには触れませんが、人と人の交わりって言うのは、バーチャルな世界で閉じてはいけないものです。それを久々に思い出した一日でした。

生のぶつかり合いをもっと大事に生きて行きたいと思います。



さて話変わって昨今の私の近況。

大学入学を間近に控え、気分も高揚しております。
今年残念な結果に終わってしまった人も沢山いるかと思いますが、そこはそれ、自分の意思を貫徹するという立派な目標を遂行するチャンスなので、やっぱり頑張り甲斐があるだろうなと思います。
それぞれの目標ですね。

そんな偉そうなことを言う私は、海外の留学に向けてこの一年を費やしたいと思います。
勿論大学という新しい環境に飛び込んでいくわけで、様々なものとの新たな出会いもあることでしょう。
それも経験として真剣に対決しつつ、勉強の中心を語学と教養の涵養に据えて、今度こそは自分のやりたいことに向かってひた走る毎日にしたいと思います。

そして、その毎日は今日から始まっているのだ。
とりあえずちまちまENGLISH JOURNALでもやりましょう…。

あ、受験生の方へ。これだけはアドバイスできます。
英語なら、ENGLISH JOURNAL。別に使わなくたって全然問題ないですけど。どこの書店にも大体置いてあります。
受験生に向けてつくられたレベルではないですが、逆にそのことがモチベーションになっていいかもしれません。
コンセプトとしては、俳優や、色々な所で活躍している方々の生の英語を聞いて、英語に堪能になろうと言うものです。
つくりが勉強モノっぽくないので、継続し易いのではないかと思います。結局重要なのは一日5分でも続けることです…。
この雑誌を髄まで吸い尽くせば、相当英語が使えるようになるはずです。(ずぼらな私はまだ髄まで使ったためしが無いですが)

私は達成できなかったですが、受験を機に、もう勝手に自分でどんどんやって英語が喋れるようになっておくのが良いんじゃないかと思います。個人的には。どうせやるんだし。
…まあ理想ですけども。



何はともあれ、そうだ、自分の話をしていたんだ。

今年は、本気ですよ。
(今までは…?)
スポンサーサイト
こちら、是非お読みください。
ぼくが18歳だったら…クオリア日記(茂木健一郎)

なんだか、ちょうどワタシが問題にしているようなことを書いてくださいました、茂木先生は。

しかし今回に限らず、茂木さんは、「日本の大学は学問をする場としてレベルが低すぎる」ということをよくおっしゃってます。

ワタシの勝手な形容ですけど、茂木さんは全力で疑問と戦っている方です。
そして、知的好奇心を何より大事にする。

まあ、本気で世界の成り立ちを疑問に思い、それを問うている人にとっては、社会の中の固定観念なんか本当にジャマですから…。
で、たまに、「あの人は変わったこと言えばいいと思ってる」とかなんとか言う人がいるんですが、うーん、ナンセンスだな、と私は思います。
そういう人は、たぶん本気で自分の存在の不思議と対峙したことが無い人なんだと思います。
自分の存在の不思議と「本気で」対峙する人は、ああいう一線を画した発言の必要性も分かるものだと思います。
ああ、ん?一線を画したと言いますか…。何か違うな…。

とにかくワタシは、茂木さんのそういう生きかたを尊敬し、かつそういうふうに生きたいと思っています。
あ、いやいや勿論茂木さんの意見なら全面的に支持!!と言う意味ではありませんが。
少なくともあの知を追い求める姿勢を尊敬します。

自分の中からこみ上げてくる「知ること」への欲求の声に素直に従える人間になりたいです。
そのためには、覚悟が必要だとも思います。


うーん、しかし自分にはまだ知の海に飛び込む覚悟が足りない…。
フィンランド。じゃない、べいだ~です。読み方が似てるので間違えました。


今高校の卒業ライブが終わり、一人で抜け出して、静かなミスドでのんびりしています。


ワタシはこの、
「はーーーー」

の瞬間が好きで好きでたまりません。


誰もいない部屋で、何も考えずに外を眺める感じ。



そしてこの感じは、無印良品の店内に入ったときにも感じます。

無印良品大好きです。


いつもいつも、遊ぶというと、仲間と一緒に何かを…と想像しがちですが、ときには独りで何も考えず過ごすというのも重要ですね。

こうやってやっていると、本当に生きててよかったな~と思いますねぇ。
(大袈裟?いえいえ、ほんとですとも)


あがりさがりをくっきりつけてやることが、楽しく過ごすコツかも。
演技を作るときやはり一番考えるのは「うける」演技を作りたいということです。
演技する以上は、他人に認められたいという欲が少なからずあるわけで、バロメーターは観客の評価です。つまり、「うける」演技は、いい演技。

美しさの追求ということもあります。

美しい演技は、いい演技。

美しいといっても基準は違うでしょうが、これは、自分で下す評価としておきましょう。(他人が「美しい」と感じることもありますが、それは「うける」の範疇ということで…)



うけるということは他人に評価してもらうということなので、外を志向しており、美しい、ということは自分で下す評価、内を志向している。(いや、あんまり二項対立に意味はないです)


この二つが満たされたら最高ですね~。



さて、うけるにはどうしたらいいか考えるんですが、やはり本当に、本気でうけることを考えたら、「文脈」を考えるのがいいヒントになります。

「文脈」にしっかり臨機応変に対応できるパフォーマーがいたら、それはそれはすばらしい演技をすることでしょう…。



ここで「文脈に対応する」とは、観客がどんな状況でその演技を目にすることになるのか、ということを演技に反映することができる、という意味です。

それゆえ、ワタシは、ただ自分がやりたいことだけを突っ込んだような演技をしたくないし、どこかで見て、あぁ、確かアレはうけてたな、で単純に取り入れるということもしたくない。(現実にはそういう試行錯誤から演技づくりって始まりますけど、ワタシの場合)

だからしっかり演技の前に、観客の状況を把握したいんですね~。



って、ここまで書いてきてわかりましたが、この論理、すごく受け身な考え方ですね。完全に「依頼される」ひとの立場で…。

うーん、そうか、プロはやっぱり自分のやりたいことをやるのかなぁ…。


いや、でも自分のやりたいことをやるのは、「芸術」の部類のジャグリングですかね…。

じゃあ文脈に即して演技するのはなんだろう、「仕事」かな。あはは。



文脈に即して見せて、うけるにはどうしたらいいのでしょうか…


率直に言えば、「自分が、どんな演技を見たいか」を考えるのが一番いいような気がします。

やっぱり、他人の気持ちになって考えるのってなかなか難しいですし、(挑戦する価値は十分ありますけど)うまく行く保証もないんで、まぁそれなら近似的に自分の意見でやっちゃえ、と。
使い分けるのもいいですね。
この演技だとお客さんは喜ぶだろうけど、自分は納得できない、もっとおもろくしてやろう。
あるいは、自分はこれでもおもしろいけれど、あの人たちはこれくらいじゃ喜ばないよな、じゃ、こうしてみよう。


こんな感じで。

つまり言いたいのは、演技を作るときに、本当にその演技で満足なのかを逐一照らし合わせる基準があるといいよね、ということです。

そういう軸を持っていることは、向上心を持っているということです。

向上心を持っているということは、もっとおもろくしてやろう、もっとおもろくしてやろう、ととめどもなく思い続けられるということです。


そしてそれは、生き方にもつながってくるかも知れません…。

向上心がある、ということだけで、人生は事足りるんじゃないか。
それどころか向上心こそが人生なんじゃないか、と。

まぁそんなふうに話を敷衍する癖のあるワタシです。あはは。でもこうやって話を敷衍する癖って、科学的な態度だと思うんですけどやっぱりちょっと違いますね。
ワタシが言いたいのは、些細なことから、「原理」は抽出できるということを信じられるということが、科学的態度かな、ということです、はい、脱線しました、



とにかく。



「これで、本当におもろいかな?」

と常に自問自答しつづけることが、進歩であります。

まぁあと、単純に、上達しないと全然面白くないですしねぇ。
あぁ、そうだ、そういうことだ。


「少しでも満足いくことを」と思うことは、楽しい!!!!!!!!
哲学者は、言わなくてもいいことを言ったりする。

たぶん、哲学がうとまれる雰囲気というのは、「そんなこと言わなくてもいいのに」という雰囲気だと思う。


ステーキを食べている人に、牛がいかに可愛らしいかを説くのは場違いであるように。


しかしだからといって哲学者が戯言を言っているわけではなく、確かにその内容は真実ではある。
なんだか最近芸能関係のニュースとかがすごく茶番に見えてきてどうしようもないです。
べいだ~です。
まあそういう時期もあるです。

今日はお馴染みのジャグリング仲間数人で集まりました。
中には群馬から駆けつけてくれたHさんも。
そして途中で抜け出し、とあるイベントでジャグリング。
コンタクトジャグリング一本でいきました。
はじめてです。
うーん、全然納得いってないですが、開拓できそうなので、この音楽でのコンタクトは、温存していこう。

夕飯はいつものバーミヤン。なんだか今日は皆少し元気がなかったように見えたんですがそうでもないのかな。


やっぱり交流をしている中では、なかなかジャグリングが進歩しないですねえ。
実質的な練習というのは、やっぱり孤独なものなんですな。


あばばばばば、べいだ~です。

最近近況を報告したりすることにあまり意義を見出せなくなってきたので、何か抜本的に改革しようかと考えてます。(ええ、今まで何度もこう言うことを言ってきて頓挫してますけどね。ははは、今回は本気ですよ)

大体、内輪の人しか見ないようなただの日記だと、(いや、特定の人とかに対する批判じゃないですから。そしてこれも皮肉じゃないですよ(笑))あまり生産的でないと思う。

折角書くなら、大勢の方々に見てもらえるものにしたいし、読んでいる間、読者に時間を割いてもらっているわけで、あまり意味の無いものを書きたくなくなってきた、というのが理由です。

そして、やっぱり茂木健一郎氏の影響もあるんでしょうね、ワタシの「ブログ観念」には。
「クオリア日記」というブログを展開なさっていて、いつも拝読してます。
いやいや、面白いんですなこれが。

あわせて"the quolia journal"という、茂木さんが英語で書いている記事も読んでます。
別に意味を完全に理解しているわけじゃないですが、英語に日々触れる機会として、そしてやっぱり面白いので読んでます。

さて、最近考えるのですが、ブログを書くことに限らず、文章を書いている時、これって結局自己顕示欲の表れだよね、と考えてなんとなく自分が嫌になる時ってありませんか?
というか、なんだろう、自分の欲に呆れるという感じでしょうか。
「結局自分がいいようにしたいだけじゃないか」と感じてしまって、なんだか良心が痛むと言うか。

なんですかね、いや、この言い方じゃあまり伝えられて無いですけど…。

アレです、「あ、自慢しちゃった」っていうあの感じです。
何か自分が変なことを言ってしまって、そのまま家に帰った後に感じる、"あの"後悔です(笑)
ともかく、ワタシは何か感じるんですね、色々書いてると。
なんですが、やっぱりそれはしかたがないことなのかな、と。

そもそもブログなんかやっている時点でそういう意思の表れなんだな、と。

なので遠慮なく自己を顕示していこうかと思うのです。

はい。

そこでこのブログを、自分の考えを表明する場にしようかな、と思います。

明確に。

いままではただのできごとメモみたいなとこもありましたが。

茂木さんのように、それと絡めて、思うことを論理的に書いていこうかなと思います。

考えを言葉で明確にすることの良い面は、自分の考えが整理されて、(考えようによっては、言葉にした時点で考えが規定される、とも考えられます。言葉って恣意的だよね、ってことも書きたいです、そのうち。新しいことでもなんでもないですけど)かつそれが「良い」疑問を呈するものであれば、他人もその問題について考える契機が与えられる、と言うことにあると思います。

ただ一つ憂慮があります。

大体ワタシが書くものというのは、自分で考えたこと1割、見たこと1割、読んだこと8割とか、そんなもんです。(本当はもっと、考えたこと3割とか甘い評価をくだしたいとこですが、やっぱりそんなものかと思います…)

なので結局ほとんどが、他人の受け売り、誰かが言っていたことをトレースしているだけになってしまうんですね。
そこに意味があるのか。

しかし考える。

意見が世に通るというのは、結局、何かが言い伝えられるということ。
なら、その輪に参加しているだけだと思おう、と。

これだと非常に無責任に色々書けますね、はは。

なので、自分はミキサーだと思おう、と。
他人の考え同士を別の文脈でかきまぜてやるミキサー。
しかしそこで完全にその人と同じ意見を取り入れられているかといえば、やっぱりそんなものではないのでオリジナルなものができあがるんでしょうね。


あ、そして今思いました。

意見を表明すると言うのは、欲の発散の手段であって、歌うのと同じ、自然な行為だと思えば良いんですね~。
あ、よかった、腑に落ちた。(と言う言い方をするのか分からないが)


では、たぶんだんだん硬派なにっきになると思いますが、少しでも読者が増えてくれることを願います。今読んでくださっている読者の方々も、どうぞ細く長くお付き合い下さい。あはは。
はい、ジャグリングの演技は未だ完成していません、べいだ~です。

ですが(?)、先日、鎌倉は鶴岡八幡宮の御神木が倒れたと言うので、急いで見に行ってみました。
するとまあ、
(撮影、べいだ~)

小さい頃から知っていただけに、すごく残念でした。
いや~、鎌倉時代からあったっていうのになあ。
つまり、この木は承久の乱のときも、応仁の乱のときも、信長が本能寺で「ぎゃあー」となっている時も、秀吉が「うはははは」と言っていたときも、家康が「うはははは」と言っていた時も、ぺるりが来た時も、戦争が起きたときも、ずーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっとそこに立っていたんですね。


いや、これが冗談じゃなくてほんとの話なんですからね(笑)

うーん、樹って凄いなあ。

そして、やはりそれだけの歴史を経てもなお堂々とそびえ続けてきたあの御神木が倒れてしまい、しかも粉砕(!!)されてしまいまして、非常に残念です。うーん。
元旦に初詣しといてよかった。


…でもよりによって国立の発表の日に「落ち」なくても。(共倒れしちゃったじゃないか、大銀杏さま…(笑))
雪だア。べいだ~です。

今、来る17日、19日にとあるイベントがあるので、それに向けてジャグリングの演技をつくっています。

毎度演技を作るときは何かとバタバタするのが常で、大体完成するのが早くて3日前とか、酷い時は会場に向かう電車の中で頭で完成させて控え室で通し練習…なんてこともあります。(こうして言葉にすると、本当に酷い…(笑))
そんなきわめてずぼら(というか怠惰)なわたしなのですが、今回は多少いつもよりも練習にゆとりを持たせられることもあるので今回は「しっかりとした」演技づくりに取り組もうと思っています。

まず第一段階として、何故いつも演技を作るのが遅くなってしまうのかを分析してみましょう。

①決断ができない
そうそう。いつも、ぎりぎりまで「自分のやりたいこと」ばかり追求してしまうせいで、最後の最後まで演技を変えようとしてしまうんですね。どこかで割り切らないと。

②演技のつくりかたに問題がある
ちょっと変な言い方ですが、あれですね、毎回演技のつくりかたの「型」をつくっておくといいんじゃないかと。
まだそういうやりかたを確立していないので、今回からそれをつくることに意識を置きたいと思います。

③毎回演技を変えてしまう
考えてみたら非効率的ですよねえ。
何か、全然関係の無いときに、一度「半永久ルーティン」をつくっておこうといつも思うのですが、全然関係ないときってそれこそ全然関係ないときで、もはやジャグリングからさえ離れているので、全く忘れてしまってます。
うーん、でもなかなか満足のいく「半永久ルーティン」用の曲が無いんだよなー。
もっと真剣にやらないと。


…こんなもんかな。まあもっと原因はあるにせよ、とにかく「真剣さが足りない」というのが、大本の原因でしょうね。

元気があれば何でもできる。
やる気があればもっとなんでもできる。


今回は半永久ルーティンづくりに挑戦しますかね。



昨日、じゅんぺい君と一緒についに見てきました、アバター。(AVATAR)
うーん、いいですねえ。
見終わった後は、…ま、こんなもんか、と思ったりもしちゃったりもしちゃいましたが、改めてパンフを読んでいるうちにもう一度観たくなってきました。
なんというか、もう一度あの世界に戻りたい感じです。
あまりに自然すぎるので、CGでつくられているということを忘れてしまいました。
それくらい迫真性があります。綺麗です。
話の筋としてはそんなに気をてらったものでもなくまあ言ってみれば「古典的な」ストーリーなんですが、とにかく映像が素晴らしい。ディズニーランドのアトラクションのようでした。


(軽くネタばれ注意↓)













軽く紹介すれば、なんだろう、植民地支配をたとえたような、「まんま」なストーリーです。
構造としては、

『ナヴィ(青い原住民)』VS『人間』

です。
まあ結局は人間が負けますので、ご安心下さい。ははは。

ですがまあ「当然想像できる結末」といいますかね(笑)
ヒーロー、ヒロイン、絶体絶命の危機、救出、ハッピーエンディング…
でございます。若干変則はありますが。
それでも、まあ結局は人々が希求するシナリオだからこういうのが氾濫するんであって、やっぱり根源的にこういう欲求があるんでしょうねえ。
…いや、人間っていうか、ほかならぬ私にありますから(笑)


関係ないですけど、話の中で「人間っていうのは…………」って言うとき、それは大体自分のことだと思います。はは。
人間って言うのはそういうもんです。
はい。
人間って言うのは自分を語りたがるのです。はははは。
自分以外の話なんてできないもん。


ま、それはともかくですね、まだ上映は続いているので、未チェックの方は是非。
べいだ~もおすすめ。(変な落ち)

(ネタばれ終わり)



そして久々のYDCにも行って来ました。

ええ、行って来ましたとも。
半年ぶりでした。
久しぶりだったのでメンバーがいくらか入れ替わってるかと思ったんですが、そんなことも無くいつも通りのYDC,という感じでした。

YDCに行く時はいつもそうなんですが、体育館に人が入ってくるたびにあいさつするのがすごく楽しい。
なんだろう、あれ。すごく楽しいです。

ジャグリングの腕は、特に落ちてることはなかったです。
まあ半年ですからね…。
そうそう鈍るもんでもないです。

一緒にじゃぐったのは、じゅんぺい、0123210(久々だなあ書くの)、Wham!、しげぞうさん等など。ずっと体育館の端っこでちょびちょびやってました。まあ昨日は勘を取り戻せればよかったし、むしろしゃべくることに重点をおいていたので、なかなかいいYDCでした。ははは。
うん、YDCはいい。

おのあさんはいきなり牛乳パックの雨を降らせてくるし…。

いや、まーああいうことされるのは大好きですけど。

ははは。ははははは。
(全然なんのことか分からないですね(笑))




というわけで、久々のYDCを満喫したべいだ~なのでしたー。
内田樹 入試部長のひとりごと

↑このページで、内田樹(たつる)さんが大学のあり方について本当に画期的なご意見をなさっています。
(いや、画期的というか、失礼を承知で言えば、ただ当たり前のことを言っているだけなんですけど)

これから受験に向かっていくという方々は、このページをぜひ受験前に、受験校、受験学部を決める前に読んでおくといいかもしれません特に「偏差値偏重」の受験というものに何かひっかかるな、という方、おすすめです。
きっと肩の力が抜けると思います。

私自身、「就職」という何か究極目標をおいて大学を選ぶと言うことが(まあ本気でなりたいものがあるならいいんですけど…)いやでいやで、とにかく「何か」なんでもいいから「学びたいなあ」という気持ちで大学へ行こうと思っていたので、(いや、内田さんの影響かなやっぱり)本当に、内田先生の書く文章には毎度助けられます。
「日本辺境論」という最近出た本にも、同様のことが書いてあります。



さて、受験生にむけて具体的なアドバイスはできないんですね私は。
特に「ナントカ」の参考書がいいとか、「カントカ」の講座がいいとか、もうそういう話、特にネット上で交わされるそういう情報に関してはもううんざりです。


功利的な勉強って、なんだか空しいです。


…と、ぶっている私も、そんな雰囲気の一端に染まっていないわけではないので、凄く悔しい。


一つだけ言うなら、大学情報をネットで検索するのは本当に最低限にしましょう。

あまり過信してふらふら大学名やその他だけで検索、閲覧を繰り返していると、なにかしら「不快な」記述に出会うと思います。
こういうことでは、匿名性の高い情報を避けるようにしたほうが良いと思います。
ただ不満をぶつけただけのような文章もみかけます。
私としては、選択の障害になるだけだと思います。(お察しの通り、経験者ゆえに言うわけですが)


がんばってください、とかも言いたくないです…。

大学受験に対して疑問があったりしたら、自分なりに考えてみましょう。
行き詰まることも大事だと思います。
そして何か不安を打ち明けるなら、ネット上ではなくきちんと、周りの人に言いましょう。

それぐらいです。
さて、あ、べいだ~です。

ひと段落したところで、ちょっとナランハにでも行って新しい道具を仕入れようかなあと思っています。
特に、しばらく見ないうちにロシアンボールの種類が増えているので、とりあえずロシアンを買ってみようかな。
実は、統一規格でロシアンボールを6個以上持っていません。
はい、未だに7ボールはできませんの。


7ボールといえば、YOUTUBEの動画なんか見てますともう最近のナンバーズジャグリング(主として6個以上のボールジャグリングをさす)事情はますますヒートアップしてるようですね!!

なんだかなあ、全然追いつけません。
いやあ、すごいすごい。


これに刺激されてべいだ~もますます精進…!!


…と、少し前だったらなったんでしょうけど、もうジャグリング熱が冷めてきた感があります。

もちろんJJFなどは参加する予定ですが、今までのようにがっつり(いやそんなでもないんですけど)やることは…うーん、無いかもしれない。


今はもっと別のことをやりたい気分です。
サーフィンとかやりたいです、サーフィン。
気持ちよさそうだなあ。


まあジャグリング自体続けていくことは確かなんですがね。
いやいや。

どうも、こんばんべ~。

ジャグリング協会のHPに久しぶりに行ってみたら、
「ジャグリング検定」
が、いよいよ創設されたようです。

ジャグリング検定公式ページ(お手本動画では、超絶じゃぐらー森田さんが綺麗な見本を観せてくださいますぞ。)

ジャグリング初心者が段階を踏んで練習するための足がかりとなるように、との意図で創設されたとのことです。

私としては、この意図には、まず賛同できます。
ですがまずはしっかりプロモートしていかないと、創設の意味がなくなってしまうのではないかと。

まあというかですね、ジャグリング自体の普及にも、もっともっと努める必要もあるのではないかとも思います。
まだ、ジャグリング界は「閉じている」感が否めないことも事実です。
いや、これ自体私個人の閉じた意見かもしれませんが(笑)

まあなんにせよ、もっとジャグリングが普及していってもいいかな、とは思う。


おそらく興味を持った人は、どんどんウェブなりなんなりで調べて進歩していくものだと思うので、
やはり大事なのはジャグラーとの出会いですよね。

まだジャグリングを知らない方々がジャグラーと出会える機会、もっと増えるといいですね。



こんばんは。
そしてお久しぶりです。



べいだ~が帰ってきましたぞお。



…様々なことがありましたが、受験生活にも、とりあえず一区切り付きました。

またこのにっきもしばらくは続けていく所存です。
ただ大学にいったらどういう生活になるのか検討が付かないので、このままの体制で続けていくかどうかは未知数です。

とりあえず、サイト(べいだ~の秘密基地)の方は、更新完全停止を予定しています。
代わるものをここで展開する予定もなくはありませんが、大学にいったら少しWEBの世界から離れたいと言うか、あまり無為にパソコンの前にいる時間を増やしたくないと思っておりますので、極力手を付ける範囲を狭くしたいんですね。
まあ実質この一年二年は、あちらの方は停止していましたが…。どのみち閲覧者もそう多くもないので…。ははは。


とりあえず、あいさつまでに。

見ている方々、ど-ぞなにかしらコメントしていっていただけると、次の記事が早くあがると思います(笑)

| ホーム |


 BLOG TOP 


上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。