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プロフィール

べいだ~

Author:べいだ~
~まずは挨拶~

「たまにかくにっき」管理人のべいだ~です。
このにっきを見てくださってありがとうございます。
現在のべいだ~最新ジャグリング動画です。
なかなか長い(7分半)作品ではありますが、お時間ありましたら是非ご覧下さい。↓
りょこうじゃぐりんぐpart3 「E・Z・O(えぞ)」



べいだ~です。
ジャグリングについてのにっきのはずだったんですが。
脱線します。
…いや、元々レールなんてないんですけどね。

時にはレールが無いと迷いすぎて寂しくなりますね。



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こんばんべ。べいだ~です。
風の強い日が好きです。

先週の日曜日ついに夏休みに入ったんですが、基本的に私は「計画」ということをしない人間なので今のところ予定が数個しかありません。

うーん、何しようかなあ。

そんそん決めていかなきゃ。


そして今日の話。
今日は久々にYDC(横浜大道芸倶楽部)に行って来ました。
いつもの高校生組と、ゆうりに会う。
なんだか彼らはどんどん進歩していて、なんだか自分が情けなくなってきました。
やっぱり私は甘いんだな。
いろいろ。


日常生活も。




さて、話変わって。
内田樹氏のブログを読んでいましたが、やっぱり彼の書いていることを読むと、どこか安心します。

これは私だけではないはず。



…。




なんだか最近文章が下手になってきたなあ。



なぜだろう。



理由は色々考えられますが。



…。


やっぱり一番大きいのは最近論理的思考を怠っているからだろうか。


うー。
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通学中「ブラックサンダー」を毎日過剰に購入する男、べいだ~です、どうもこんばんは。




チョコが好きです。




最近生活リズムが、現代音楽のようになってきたので、不健康もいいところです。

身体が悲鳴をあげてます、いやはや。





こうなってしまう理由は、やはり学校の課題であり、はやめはやめにやっていればこんなことにはならないのです…
月並みすぎてなんだかあほですね、こういうことを言うのも。うーむ。


ですがやっぱり事実なのです。高校生か、俺は。


睡眠を生活のヘソにしなければ。


<レポートより、引用>

さてダンスの前には、ルワンダ人の音楽活動家による講演があった。そちらは非常に深刻なものだった。罪人を「ゆるす」ということについての話だ。
彼は1994年にルワンダで起きたジェノサイドにおいて家族を幼なじみに殺された。幼なじみによって、である。平和大国日本に暮らす私たちからは想像もつかない残酷な状況だ。彼は途方も無い悲しみに、音楽をやめてしまったこともあったそうだ。だがある時彼はその幼なじみを「ゆるした」。すると、加害者だけでなく、ゆるした彼自身さえも、救われたのだという。彼はそれを「解放された」と表現していた。ゆるすとは、相手を想ってすることというより、実際に救われているのはゆるした当の本人なのだ。万人が、家族を殺した人間をゆるせるわけではない。しかし、彼はその罪を裁くのではなく、ゆるしたのである。過去の罪への憎悪に拘泥されることをやめ、自らを「憎しみ」という檻から解放したのである。彼の罪に対する態度には、多く学ぶところがあるように思う。






…とかとんでもなく偉そうなことを書いております。
こんばんべいだ~です。

今学期、体育の授業を取っています。その中でレポートを提出するのです。
「ダンスの公演」について書くんですが、そのなかで、勢いあまって本題と全く関係の無いことまで書いてしまいました。
そのまま消すのもいやだったので、とりあえずここに載せておこうと思った次第です。



ええ、先日、ルワンダ(蛇足でしょうけど、アフリカにある国です。ご存知ですよね、皆様ご存知でしょう。しかしわたしはルワンダの位置を地図で示せないのです)からいらした音楽家と、ダンスチームによる舞台をみたんですね。
で、それが二部構成になっていて、前半がこのような講演であった。

なんですが、それが非常に深刻な内容で、なんというか、その中でびっくりしてしまったんですね。

何にびくりしたかというと、その妙な「なまなましさ」に、です。


こんな公共性の高い場でこういうことを公言するのもなんですが、私自身、1994年という、わたしが生まれた後の時間において、このような残酷な事態が起きている、ということが、生々しく実感できなかった。

早い話が、紛争だとか内戦だとか、そういう類の話に、実感を持って聞き入ることができない。
なんとか想像することはできますが、どこか安っぽい想像しかできないと言うか、映画の受け売りのようなシーンしか想像できないんですね。

しかし、今回は何か違った。

何が違うのかといわれたらあまり上手くいえないんですが、一つに、そういう悲しい過去を持った人が、今現在何事もなかったかのように明るく過ごしていることに、心打たれた。
逆に生々しく、「悲しい」という気持ちを実感したような気がした。

何が違ったんでしょうね。


とにかく、何かが違いました。



こうして考えてみると、「生で」話を聞いたと言うことが非常に大きいんですね。

…昨今、情報を得る「媒体」に関する議論ばかり注目されがちですけども、やぱり一番なんだかんだで生の、直接の、新鮮な経験が根底に来るべきなのだなあと実感しました。

クオリアは、その場に行ってみないと決して生まれないのだー。(茂木健一郎「脳で旅する日本のクオリア」)




しかしそうなると、「現在底なしの悲しみの中にある人たちが希求する平和」なんかについて考える時、どうしても平和に慣れてしまったわたしがそれについて意見しようとするとすると、ただのファッションになってしまう気がしてならない。
一体主観的に、恒常的に平和に浸かっている人間が、限りない欲求から生まれる「平和」についてどれだけのことを言及しうるのだろうか…


なんというか、ただ申し訳ないです。


でもそんな「申し訳ない」なんという気持ちも、また申し訳ない。








とりあえず、自分自身の問題を解決していくことに専念してしまいます。それでいいのかな。いいのか。
こんばんは、べいだ~です。こんばんべ。(久しぶりにつかうことば)

本日、ジャグリングサークルの先輩に「動画を見た」との報告を承りました。

…いやはや、勘弁してください(笑)
今のところ消したりはしていませんが、昔の映像を見ると無性に恥ずかしくなる時があります…。

できるならば見て見ぬふりをしてあげてください。




さて、ついさっきJJFの動向が気になったので調べてみた所、もう海外ゲストまで決まっているようですね!!

そう、注目の海外ゲストは…




じゃかじゃかじゃかじゃかじゃか…


































































じゃかじゃかじゃかじゃかじゃかじゃか…(しつこい)











































じゃん!





•ゲスト:Stefan Sing、森田智博、タカシェンカ、岩上千紘(バトントワリング)











おおー。


ステファンシングがいらっしゃいますか。





ステファンシング、恥ずかしながら実は私自身あまりよく動画を見るわけではないんですが、

とある美しく動くジャグラーがインスパイアされたのが、かのステファンシングというジャグラーだと言うことで、(分かる方には丸わかりですが…(笑)) 

1年ほど前だったかな、いくつか動画を見ました。


そうそう、これこれ。







…て、すごいなあ









…いや、なんといいますか、改めて見ると…鳥肌が立ちますね、これは(笑)


いやあ、…あはは(笑)





こんなものも見つけてしまいました。




…ビートボックスとジャグリング…


一度やってみたいですね…





時間の無い方は3分23秒辺りから。
どうぞ。


観客の笑い方が「いかにも」だなあ(笑)


6分34秒からなんか、大好きですね。
もちさんのJJF2008の演技を思い出しました…。
こんばんは、携帯電話です。
いや、書いているのは私です、べいだ~です。



重要なのは目的意識を「保ちつづける」
ことなのかもしれません。




目標は…


か。



か。


とりあえず今週の発表会か。
どうもこんにちは、ついに自宅の付近でもアブラゼミが鳴きはじめ、気分が高揚中のべいだ~です。



夏っていいねえ。




さて、大学に入っても相変わらずジャグリングをしている私ですが、「美しいジャグリング」を追求してみようかなと思っております。
単純に、物理的に難しい技を追求するのではなく。




ジャグリングをしていると、どうしても道具の方にばかり目がいってしまいがちですが、舞台に立つ以上は自分の身体の動きすべてを見られています。

となると、もし演技としていいジャグリングを見せたいのであれば、実は身体の動きすべてに気を使わねばならないんじゃないかというわけです。

もちろん頭では分かっていることのはずですが、実際にそこまで気を配れるかといったら、そうでもない。

ジャグリング自体が主であるために、それ以上のことに気を回す余裕が無い。


で、結論として
ジャグリングを練習するときは普段から、綺麗な動きになるように気を配ろう。
と。

そもそも、身体の動きというのは、日頃からそれに気を配ってこそ身に付くものであって、本番にむけてだけ練習するものではない、んですね。

しかも、身体の動きというのは、例えば茶道や能を見れば分かるように、繊細にコントロールすることで「意味」を自在にこめられるものです。

ダンサーなんかは、一挙手一投足まで、気を配っています。(というより、それこそが練習内容です)
能、狂言なんかの伝統芸能だって、もはや身体の動きそのものが「芸術」たり得るのです。(能を単純に芸術と呼んだりしたら怒られるのかもしれませんが、まあそういう細かい問題はまた別のものとしてですね)


そういうふうに身体の動きだけであっても「芸術」たり得るのなら、それを使わない手はないじゃないか。


そんな風に思うわけです。






身体の動きとしてのジャグリング。







これをテーマにしばらくやってみます。

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