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べいだ~

Author:べいだ~
~まずは挨拶~

「たまにかくにっき」管理人のべいだ~です。
このにっきを見てくださってありがとうございます。
現在のべいだ~最新ジャグリング動画です。
なかなか長い(7分半)作品ではありますが、お時間ありましたら是非ご覧下さい。↓
りょこうじゃぐりんぐpart3 「E・Z・O(えぞ)」



べいだ~です。
ジャグリングについてのにっきのはずだったんですが。
脱線します。
…いや、元々レールなんてないんですけどね。

時にはレールが無いと迷いすぎて寂しくなりますね。



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演技を作るときやはり一番考えるのは「うける」演技を作りたいということです。
演技する以上は、他人に認められたいという欲が少なからずあるわけで、バロメーターは観客の評価です。つまり、「うける」演技は、いい演技。

美しさの追求ということもあります。

美しい演技は、いい演技。

美しいといっても基準は違うでしょうが、これは、自分で下す評価としておきましょう。(他人が「美しい」と感じることもありますが、それは「うける」の範疇ということで…)



うけるということは他人に評価してもらうということなので、外を志向しており、美しい、ということは自分で下す評価、内を志向している。(いや、あんまり二項対立に意味はないです)


この二つが満たされたら最高ですね~。



さて、うけるにはどうしたらいいか考えるんですが、やはり本当に、本気でうけることを考えたら、「文脈」を考えるのがいいヒントになります。

「文脈」にしっかり臨機応変に対応できるパフォーマーがいたら、それはそれはすばらしい演技をすることでしょう…。



ここで「文脈に対応する」とは、観客がどんな状況でその演技を目にすることになるのか、ということを演技に反映することができる、という意味です。

それゆえ、ワタシは、ただ自分がやりたいことだけを突っ込んだような演技をしたくないし、どこかで見て、あぁ、確かアレはうけてたな、で単純に取り入れるということもしたくない。(現実にはそういう試行錯誤から演技づくりって始まりますけど、ワタシの場合)

だからしっかり演技の前に、観客の状況を把握したいんですね~。



って、ここまで書いてきてわかりましたが、この論理、すごく受け身な考え方ですね。完全に「依頼される」ひとの立場で…。

うーん、そうか、プロはやっぱり自分のやりたいことをやるのかなぁ…。


いや、でも自分のやりたいことをやるのは、「芸術」の部類のジャグリングですかね…。

じゃあ文脈に即して演技するのはなんだろう、「仕事」かな。あはは。



文脈に即して見せて、うけるにはどうしたらいいのでしょうか…


率直に言えば、「自分が、どんな演技を見たいか」を考えるのが一番いいような気がします。

やっぱり、他人の気持ちになって考えるのってなかなか難しいですし、(挑戦する価値は十分ありますけど)うまく行く保証もないんで、まぁそれなら近似的に自分の意見でやっちゃえ、と。
使い分けるのもいいですね。
この演技だとお客さんは喜ぶだろうけど、自分は納得できない、もっとおもろくしてやろう。
あるいは、自分はこれでもおもしろいけれど、あの人たちはこれくらいじゃ喜ばないよな、じゃ、こうしてみよう。


こんな感じで。

つまり言いたいのは、演技を作るときに、本当にその演技で満足なのかを逐一照らし合わせる基準があるといいよね、ということです。

そういう軸を持っていることは、向上心を持っているということです。

向上心を持っているということは、もっとおもろくしてやろう、もっとおもろくしてやろう、ととめどもなく思い続けられるということです。


そしてそれは、生き方にもつながってくるかも知れません…。

向上心がある、ということだけで、人生は事足りるんじゃないか。
それどころか向上心こそが人生なんじゃないか、と。

まぁそんなふうに話を敷衍する癖のあるワタシです。あはは。でもこうやって話を敷衍する癖って、科学的な態度だと思うんですけどやっぱりちょっと違いますね。
ワタシが言いたいのは、些細なことから、「原理」は抽出できるということを信じられるということが、科学的態度かな、ということです、はい、脱線しました、



とにかく。



「これで、本当におもろいかな?」

と常に自問自答しつづけることが、進歩であります。

まぁあと、単純に、上達しないと全然面白くないですしねぇ。
あぁ、そうだ、そういうことだ。


「少しでも満足いくことを」と思うことは、楽しい!!!!!!!!
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